行田市 忍城「のぼうの城」 川越おやじブログ

小江戸川越の街の写真 、出張先の街の話等々つらつらと書いているブログです。

行田市 忍城「のぼうの城」

まだまだ、暑さが続きますね。
皆様は、どうお過ごしでしょうか。

2週間程前になりますが、行田市に行ってきました。

行田市といえば、行田蓮こと「古代蓮」。
古代蓮の里にほど近い公共施設建設工事の際に、
偶然出土した種子が自然発芽し甦り、
池に開花しているのが発見されたそうです。

どうやら縄文時代の頃の種らしいです。(多分)

先ず、道を間違えてやってきたのが、「古代蓮の里」。(汗)

古代蓮の里
地上50メートルの展望タワーが目に飛び込んできます。(何故?って感じですが...。汗)

古代蓮会館(入場料400円)で、行田の自然を堪能(?)した後に、展望タワーに登ってみました。
古代蓮の里
もちろん、蓮の時期は終わってしまっていますので、こちらが目的ではなく、こちら。
「のぼうの城」 田んぼアート
「和田 竜」さんの歴史小説「のぼうの城」の田んぼアートが見たかったのです。
来年(2011年)、映画化されるそうです。

「のぼうの城」 Wikiペディアより引用。


周囲を湖に囲まれ、浮城とも呼ばれる忍城(おしじょう)。領主・成田家一門の成田長親は、領民から「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼び親しまれる人物であった。

天下統一目前の豊臣秀吉は、関東最大の勢力北条氏の小田原城を落城せんとしていた。豊臣側に抵抗するべく、北条氏政は関東各地の支城の城主に篭城に参加するよう通達。支城の一つであった忍城主の氏長は、北条に従うように見せかけ、裏で豊臣側への降伏を内通し、篭城作戦に参加していた。

「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は成田家が降伏しているとは露知らず、戦を仕掛けんとする。城はすぐに落ちるはずだった。開城か戦か、成田家に遣わされた軍使が問うと、総大将の長親は「戦」を選択。当主・氏長より降伏を知らされていた重臣たちは混乱するが、かくして忍城戦は幕を開ける。

総大将たる長親には、将に求められる智も仁も勇もない、正にその名の通り、でくのぼうのような男。主だった将兵は小田原へ赴いていた。三成率いる二万超の軍勢に、百姓らを徴発して二千強の成田氏。果たして勝機はあるのか。



次に向かったのは、石田三成が本陣を置いた、丸墓山古墳(埼玉古墳群)近く(?)の
「埼玉県立さきたま史跡の博物館」へ。

博物館入口には、民芸はにわと御食事「さかもと」さんが。
民芸はにわと御食事「さかもと」

「さかもと」古銭自動販売機
この自販機、古銭を売っているそうです。
「ナニコレ珍百景」で紹介されたのだとか。

博物館では「国宝金錯銘鉄剣(こくほうきんさくめいてつけん)」とか、「国宝 画文帯環状乳神獣鏡」
勾玉何かが展示されていました。

受付で、写真を撮りたいといえば、申請用紙に必要事項記入の上、撮ることが出来ます。
「埼玉県」と書かれた腕章を渡され、その腕章を腕に。

しかーし、撮った画像は、WEBページに載せることは出来ませんのであしからず。(笑)
しばしの報道カメラマン気分を味わい、最終目的地、忍城へ。

忍の浮き城 忍城「御三階櫓」
「忍の浮城 忍城 御三階櫓」です。
忍城は、日本百名城には入っていませんが、関東七名城の一つです。

城自体は残っていませんが、城趾として、跡地に博物館が建てられています。
川越城同様、平城だったようです。

忍城の由来

忍城 時の鐘
「忍城 時の鐘」も有りました。

博物館は、中々面白かった。(初めてだから?)(笑)
「忍の浮城 忍城 御三階櫓」も上りました。(夏は暑いようです。汗)

川越も早く、「富士見櫓」再建してほしいです。

そして最後は、行田B級グルメ「ゼリーフライ」を食べて帰らねばと、伺わせていただいたのは、
忍城趾そばの、御休み処「かねつき堂」さんです。(なんか、親近感が...。笑)

行田市 お休み処「かねつき堂」

そして、こちらが「ゼリーフライ」です。
行田名物「ゼリーフライ」

「ゼリーフライ」Wikiペディアから引用。


主におからと茹でたジャガイモを混ぜ合せ、つなぎに鶏卵を加えてコロッケのようにまとめて素揚げして作る。
いわゆる「おからコロッケ」の一種で、軽食としてソースをつけて食べられることが多い。
ご当地グルメとして、行田市内各所においてスタンドやカウンター形式で販売されている。
価格は平均して1個100円程である。なお、行田以外の地域には普及しなかった。
ちなみに、市内で単に「フライ」というと、全く別の食べ物「行田フライ」を指すことが多い。

ゼリーフライの由来は、行田市持田にあった「一福茶屋」(現在は閉店)の主人が、日露戦争で中国東北地方に
従軍した際、現地で食べられていた野菜まんじゅうを基にアレンジしたものと言われ、店売りされた詳細な年代
は不明なものの、明治後期には既に確認されている。

名称の「ゼリー」はゼラチンで固めた菓子の「ゼリー」ではなく、形状や大きさが小判に近いことから
「銭富来(ぜにふらい)」と呼ばれていたものが訛り、「ゼリーフライ」に変化したと伝えられている。



お近くの皆様、一度は訪れてみるのも良いのではないでしょうか。

詳しくは、行田市公式WEBページ観光案内をどうぞ。

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[ 2010/09/05 18:49 ] 埼玉の情報 | TB(0) | CM(0)
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